コラム

「政界再編」で国会に緊張感を(毎日新聞夕刊26年7月10日)

「未完」で終わらせぬ 元衆院議員 ・江田憲司さんの信念

初当選から、一貫して「政界再編」を訴え続けた政治家は珍しいだろう。先だっての衆院選で中道改革連合から出馬して落選、政界を引退した江田憲司さん(70)である。衆院議員8期を務め、かつて、みんなの党などを結党して「第三極」ブームをけん引し、政界再編を模索したベテラン。未完に終わったいま思うことは――。

「自民党は必要な政党ですが、ライバル政党がなければ、絶対に国民本位の政治は実現しません。切磋琢磨し、国民のためにならなければ、選挙で下野させられる緊張感が必要です」
鮮やかな青いスーツ姿で現れた江田さん、年齢を感じさせようとしない若々しさである。「KENJI EDA」と大書された名刺を渡すなり、熱っぽく語り始めた。

高市早苗首相が1月に仕掛けた衆院解散。旧立憲民主党と旧公明党が慌てて結党した中道だったが、高市旋風に飲まれて大惨敗した。江田さんも4度目の対決となった自民党候補に敗れ、約20年間守り続けてきた神奈川8区の議席を失い、比例復活も逃した。江田さんが新党結成を知ったのは、投開票日まで10日ほどに迫った日の報道だった。
「まずは旧立憲と旧公明が連携して塊になるべきだった。ところが、一気に新党まで進んでしまい、公明の支持母体『創価学会票』狙いだろう、と露骨な発信になってしまった」

江田さんが2002年の同区補欠選挙で初当選した際は、無所属での立候補。今回も無所属で出馬するすべはなかったのだろうか。中道の野田佳彦共同代表(当時)は、新党結成を「政界再編の一里塚」と位置づけた。もう一人の共同代表だった斉藤鉄夫氏は、高市首相に距離を置く自民党の石破茂前首相にも秋波を送っていた。
「自分の役割は選挙後にあると思ったのです。(新党を)ベースにアウフヘーベン(止揚)して、バージョンアップした自民のライバル政党が作れるな、と考えたのですが……」

選挙戦は厳しいと認識はしていた。だが、「まさか落選するとは思っていなかった」と心残りをにじませた。それでも、約20年にもわたり、逆風下でも勝たせてくれた有権者から、大差で“レッドカード”を出されたのだから、引退は自然の流れだったのだという。

落選して離党した中道はいま、立憲、公明と合流協議を続けている。江田さんにはどう映っているのだろうか。
「中道は国民から失格の烙印を押されました。日本社会で一度貼られたレッテルをはがすのは至難の業です」。その上でこう続けた。「最低限、国民民主党は一緒になるべきです。理想をいえば、高市首相の考えに相いれない自民の一部リベラル系、ハト派系を取り込むとか、民間で精力的に活動して政治的精神がある人を前面に押し立てなければ、負の印象は拭えない」。前途多難であるが、それだけ、現実は厳しいという裏返しだろう。

そもそも、江田さんは、なぜ政界再編に思い入れがあるのだろうか。1990年代、旧通産省官僚として、政治の現場を直接見たことが関係する。村山富市内閣で橋本龍太郎・通産相の事務秘書官を、橋本内閣が発足すると、政務担当の首相秘書官となった。政党の離合集散を目の当たりにし、「寄り合い所帯」ではない、基本政策や理念が一致した政党を作りたい、と強く思ったことが原点だ。

もう一つ。橋本内閣が総辞職すると、官僚に戻らず、無職・無収入の身に。そんな時、「橋本チルドレン」の一人だった菅義偉元首相から熱心な誘いを受け、00年に自民から出馬したが、あえなく落選した。NHKの当選インタビューの予行演習までしたのに、である。業界団体丸抱えの自民党型選挙を体験し、「自称・改革派」が迎合していく過程を、江田さんは「黒歴史」と評する。これも、再編の意志を持った理由である。

この経験を反面教師に、無所属で臨んだ02年の衆院補選で初当選。09年みんなの党結成に関わり、幹事長に就任すると、その後も結いの党代表、維新の党代表、民進党代表代行などを歴任した。政界渡り鳥のようだが、こう反論する。
「選挙目当てで渡り歩いたのではない。公約の政界再編を実現するために党を作った。その証拠として、全ての党で役職につきました」

四つの党の結成の立役者となりながら、結局、どれも頓挫した。理由を尋ねると、「政権、権力との距離感」を挙げた。例えば、みんなの党は、当時党首だった渡辺喜美氏が首相だった安倍晋三氏と近しい関係とされた。維新の党しかりである。「野党暮らしが長いと権力のうまみに引かれていく勢力と、私のような非自民勢力との間に隔たりが出てくる」と話す。
第三極のような中小政党ではなく、再編には全国政党化できる党が必要との結論に至り、たどり着いたのは民進党。「ついのすみか」と思ったが、希望の党との合流を巡るゴタゴタで自滅した。

時は流れて、野党は多党化が進む。全国規模でない中小政党は、一瞬光り輝くが淘汰されていくだろう、と江田さん。経験がそう言わせる。
政権に対し、是々非々の態度を取る野党にも厳しい。「衆院選は『政権選択』の選挙です。選挙前に、選挙後は与党化するのか、野党として対抗するのか旗幟を鮮明にしないのは、国民に失礼ではないでしょうか」。そうすることで、自然と政党は選別され、再編の機運も生まれると考えているようだ。

とはいえ、圧倒的な数を誇る高市政権である。言うはやすく、行うは難し、だ。「旧民主党政権の失敗もあった。その体たらくは、国民の脳裏に焼き付いている」。かつての小沢一郎氏のように、仕掛け人のような存在が見当たらないことも、深刻だと感じている。
「あの民主党政権の呪縛から脱却しないかぎり、政権交代は夢のまた夢。当時の幹部だった方は出処進退を真剣に考えるか、いまは、戦略的に『雲隠れ』して若手らを支える時だ」。最近、後輩らにはこう言っている。「2~3年でどうこうできる状況ではない。最低10年スパンで考えないといけない」

政界再編に向けた動きは日記に残してきた。政界を引退したいまも、再編は必要だと思っている。無所属で議員生活を始め、四つの党の結成に携わった経験は、必ず役立つと考え、その内幕を赤裸々に書こうと、本の出版準備を進めている。
「自民はかつての派閥政治は緩んでいるが、金権・利権体質は脈々と続き、『裏金』問題は宿痾(しゅくあ)。国会に緊張感は絶対必要なのです」

かつて仕えた橋本元首相は「怒る、威張る、すねる」と竹下登元首相に評された。自身はどうか。「当時は若造で怖い物知らず。鼻っ柱も強かった」が、自己分析である。

「政界は一寸先は闇」。自民副総裁を務めた川島正次郎の言葉である。越える山は多いが、まだ夢の続きを追い続ける気力は十分のようだ。【岡崎大輔】